支払不能後の偏頗弁済
FAQ(よくある質問)
Q.1年前の偏頗弁済でも否認される?
自己破産を進めるなかで、偏頗弁済、不公平な弁済はよく問題になります。
どれくらい期間が前なら大丈夫かという質問もされますが、支払不能後の偏頗弁済だと1年以上前でも否認対象になるとした裁判例があります。
札幌地方裁判所令和3年7月15日判決です。
今回の内容は、
- 偏頗弁済後に自己破産を考えている
- 受任通知後の債権回収中
という人に役立つ内容です。
事案の概要
この事件は、破産会社の破産管財人である原告が、破産会社が被告に対してした弁済を否認し、弁済金の支払いを求めた事案です。破産管財人は、支払不能後の偏頗弁済だとして、破産法162条1項1号イに基づく否認権を行使しています。
被告は銀行。
この事件において争点となっているのは、以下の2つです。
1. 被告が支払不能の事実を知っていたかどうか(悪意の有無)。
2. 破産法の特定条文(破産法166条)が類推適用されるべきかどうか。
受任通知後の弁済
本件で否認の対象とされたのは、平成28年10月13日に行われた43万6350円の返済。
破産会社の弁護士は、平成26年10月17日、被告に対して受任通知を送付。
申立代理人は、平成27年10月23日、根抵当権者である被告に対して、担保不動産の売却代金4500万円から破産手続申立費用等366万1168円を控除した金額(3783万8832円)を一部弁済する案を提示し、被告は同提案を受入れ。
同月26日、被告が本件根抵当権を放棄し、不動産は任意売却。
同日、被告に対し、3783万8832円が弁済。
破産会社は、本件不動産に掛けられていた住居建物総合保険を解約した上で、平成28年10月13日、被告に対し、その解約返戻金43万6350円を弁済。
破産者は平成30年12月27日に破産申立。
任意売却での弁済は、根抵当権の抹消に伴うものなので、破産手続きではほぼ問題になりません。
これに対し、その後の保険解約金が問題です。任意売却に伴い解約し、関連資産のため銀行が支払いを求め、破産会社がこれに応じた可能性が高そうです。
受任通知後の支払いであるものの、破産決定から1年以上前なので、否認対象になるのか問題となったわけです。
1年以上前の返済
本件返済は破産手続き開始から1年以上前に行われたものになります。
破産法第166条は、「破産手続き開始の申立ての日から1年以上前にした行為(第166条第3項に規定する行為を除く。)は、支払いの停止があった後にされたものであること又は支払いの停止の事実を知っていたことを理由として否認することができない。」と規定しています。
支払い停止を要件とする否認の類型について、破産手続き開始から遡って1年以上前の行為を否認できないことになっています。
そのため、破産管財人は、支払停止ではなく、支払不能後の偏頗弁済だとして否認しています。
今回、銀行側からは、この規定が支払不能の場合にも類推適用されるとの主張がされています。
支払不能と銀行の認識
破産管財人は銀行が弁済時に支払不能を認識していたと主張、銀行はこれを争っているという構図でした。
裁判所は、破産者の債務整理が進められており、介護事業が既に破綻していたこと、債務整理の際に破産手続費用等が不動産売却代金から控除されることが前提となっていたことから、被告が支払不能の状態を認識していた(悪意があった)と判断。
本件不動産は、高齢者向け施設として、破産者が代表を務める法人が運営する介護事業に用いられていたところ、被告は、当該介護事業が本件不動産の売却時点(平成27年10月23日)で既に破綻していたことを認識。
このことに加えて、その当時、申立代理人によって破産者の債務整理が進められており、本件不動産の売却代金から破産申立手続費用等を控除することが前提となっていた(被告もこれを是認していた。)ことや、その後にはさの資力が回復したことをうかがわせる事情も見当たらないことを踏まえれば、破産者は、本件弁済がされた平成28年10月13日時点で、客観的に支払不能の状態にあり、被告もこのことを認識していた(悪意)と認めることが相当。
支払不能と破産法166条の類推適用
破産法166条は、支払停止を一年間に制限する規定であり、取引の安全を保護するためのものです。
しかし、支払不能は弁済能力の欠乏を意味し、破産債権者が支払不能について悪意を持っている場合に、1年以上前に遡って否認を認めることが不当でないと判断されています。
支払不能と支払停止は性質が異なることを理由としています。
支払停止は、一回的行為として支払不能である旨を外部に表明するものであり、支払不能の徴表としては不確実な事実であるから、破産手続開始の申立ての日から無制限に遡って支払停止を要件とする否認を認めた場合、取引を長期間にわたって不安定な状態に置くことになる。破産法166条は、このような場合における否認権の行使に1年という時期的な制限を設けることによって、取引の安全の保護を図る規定と解される。
これに対し、支払不能は、弁済能力の欠乏のために債務者が弁済期の到来した債務を一般的、かつ、継続的に弁済することができない客観的な状態を意味するものであるから(破産法2条2項11号)、破産債権者が支払不能について悪意の場合に、破産手続開始の申立ての日から1年以上前に遡って否認を認めたとしても、不当に取引の安全を害することにはならないと考えられる。
否認を認め、銀行に返還を命じる
判決結果としては、裁判所は、破産管財人である原告の主張を支持し、否認を認め、被告である銀行に対して弁済金を返還するよう命じました。
破産法第166条を支払い不能について類推適用することについて、学説は意見が分かれています。
本判決は、破産法第166条を支払い不能について類推適用することについて否定説を採用した裁判例となります。
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