退職金否認の裁判例
FAQ(よくある質問)
Q.破産会社からの退職金が否認される事例は?
破産会社から直前に退職金を受け取っている場合、否認され、返還しなければならなくなることもあります。
特に退職金規程がない会社の場合には注意が必要です。
今回、従業員に対して返還を命じることになった事例を紹介します。
否認請求認容決定に対する異議請求事件で、東京地方裁判所令和3年4月21日判決です。
今回の内容は
- 破産しそうな会社から退職金を受け取る
- 破産管財人から否認の通知書が届いた
という人に役立つ内容です。
退職金否認の事案
破産会社は、原告に対し退職金として700万円を支払うことに合意。
破産管財人がこれを否認。返還請求したという内容です。
具体的には、破産法160条3項にいう「無償行為及びこれと同視すべき有償行為」、同条1項1号にいう「破産者が破産債権者を害することを知ってした行為」ないし同項2号にいう「破産者が支払の停止または破産手続開始の申立てがあった後にした破産債権者を害する行為」に該当し、更に、破産会社が原告に対し本件合意に基づいて上記退職金を支払った行為が、同法162条1項1号イ所定の偏頗弁済に該当するとして、否認請求。
原告に対し、本件支払額695万4685円の返還を求め、否認請求を認容する決定がされました。
原告が、破産管財人を被告として、決定の取消しを求めたというものです。
破産の流れ
破産会社は、昭和43年2月6日設立の土木建築及び内装仕上げ工事等の請負を主たる業務とする株式会社。
令和元年6月25日、取締役会において破産手続開始申立ての決議。
同月28日頃、破産手続開始申立代理人による自己破産に関する受任通知を送付。
同年7月11日、破産手続開始申立て。
同月17日、破産手続開始決定。
退職の流れ
原告は、平成15年10月6日から令和元年6月20日まで、破産会社の正社員として勤務。
同日、破産会社との間で、雇用契約を会社都合で合意解除。
その後、原告は、破産会社の破産手続のため、アルバイトとして破産会社に勤務し、同年7月30日に退職。
退職金の支払合意及びその支払等
破産会社は、令和元年6月20日、原告との間で、退職金として700万円を支払う旨の合意。
破産会社は、令和元年6月28日、原告に対し、本件合意に基づき、退職金として上記700万円から各種控除を行った後の金額である695万4685円を支払い。
破産管財人は、本件支払がされた原告の預金口座に対する仮差押えを申立て、令和元年10月23日、同決定がされました。
否認請求及び認容決定
破産管財人は、令和2年2月5日、本件合意及び本件支払につき否認請求の申立て。
同年7月13日、同請求を認容する旨の決定。
破産会社の実態
破産会社は、昭和43年2月6日に設立。
平成15年当時の破産会社の従業員数は3名から4名程度であり、その後も常に同人数程度の従業員が在籍していたという規模。
平成31年3月時点における従業員は、原告を含めた3名であり、全員が正社員。
原告は、平成15年10月6日の入社以降、破産会社で勤務し、当初は一般事務を担当していたが、その後、経理や人事を含む事務全般を担当。
原告は、令和元年6月20日、破産会社との間で雇用契約を会社都合により合意解除したが、その後もアルバイトとして破産会社に勤務し、同年7月30日に退職。
合意解除時、原告の基本給は月額60万円。
退職金支給額の合意
破産会社は、令和元年6月20日、原告との間で本件合意。
同合意における原告の退職金支給額は、破産手続開始申立代理人及び会計士の意見を踏まえ、決定。
具体的には、破産手続開始申立代理人から、退職金を支給するときに非課税となる基準が税務署にあるので、それを1つの基準にすればよいのではないかと助言されて、会計士に確認し、税務上の退職所得控除額である640万円(40万円×勤続年数16年=640万円)に、破産申立て時の原告の貢献に鑑みて60万円を加算し、700万円と算定したというもの。
過去の退職金の慣行
破産会社の就業規則には、「従業員の退職金は、別に定める退職金規定により支給する。」との定めがあるが、破産会社には、退職金規程及びこれに類する内規等は存在しませんでした。
ただ、破産会社は、平成14年3月25日、約10年勤務の従業員に対し、400万円を支払ったことがありました。また、破産会社は、平成15年9月24日、原告の前任者に対し、57万3002円を支払っていました。
一方で、破産会社は、他の従業員に対し、退職金を支払っておらず、少なくとも現在の代表者が代表取締役に就任した平成15年以降、他に従業員に対して退職金を支給した例は存在しませんでした。
退職金の請求権はなかった
このような前提で、原告がそもそも破産会社に対する退職金請求権を持っていたのかが争われました。
本来的に義務があったものの支払だったのかどうかの問題です。
退職金規程及びこれに類する内規等は存在せず、具体的な退職金の額を算出することができませんでした。
裁判所は、平成15年以前に、退職金が支払われているものの、各金額の具体的な算定基準は明らかでなく、後者に至っては退職金として支払われたか否かも不明だと指摘。
さらに、平成15年の支払以降、破産会社において従業員に退職金を支給した例がなく、原告の少し前に退職した従業員についても退職金が支給されなかったこと、原告の退職金の額についても、破産手続開始申立代理人の助言を受けて会計士に相談した結果、税務上の退職所得控除額を基準に算定することとなり、同基準によって算定された640万円に更に上乗せをして、700万円と算定されたという経緯にも鑑みれば、破産会社において、原告の退職当時、一定の基準による退職金の支給が労使にとって規範として意識されていたと認めることはできず、退職金支給が労使慣行になっていたと認めることはできないとしました。
そうすると、他に原告の退職金請求権を基礎づける法的根拠も存在しない本件においては、本件合意当時、原告が破産会社に対して退職金請求権を有していたと認めることはできないとしました。
これに対し、原告は、退職金を支給する旨の就業規則の規定及び求人募集条件の存在により、退職金の支払が原告と破産会社との間の労働契約の内容となっていた旨主張。
しかしながら、破産会社には退職金規程及びこれに類する内規等は存在せず、「従業員の退職金は、別に定める退職金規定により支給する。」との就業規則の規定のみでは具体的な退職金の額を算出することができないから、当該規定をもって原告の具体的な退職金請求権の発生根拠とすることはできないとしました。
また、本件全証拠に照らしても、求人募集条件に具体的な退職金額の算定基準が記載されていたと認めるに足りる証拠はないから、原告の主張を考慮しても、原告と破産会社との間の労働契約を具体的な退職金請求権の発生根拠と解することはできないとしました。
本件合意当時、原告は破産会社に対する退職金請求権を有していなかったというべきと結論づけました。
退職金と無償行為否認
本件合意において、破産会社が原告に対し、退職金として700万円の支払債務を負担したことは、破産法160条3項にいう「無償行為」ないし「これと同視すべき有償行為」といえるところ、破産会社は、遅くとも本件受任通知を送付した令和元年6月28日頃には支払停止に陥っていたものと認められるから、同月20日にされた本件合意は、同項にいう「支払の停止等があった後又はその前6月以内」にされたものということができるとしました。
本件合意は、破産法160条3項にいう「無償行為」ないし「これと同視すべき有償行為」として、否認することができると結論付けています。
否認請求を認容した原決定は相当だとしました。
無償行為否認と破産管財人
破産管財人が否認権を使う場合、無償行為否認は使いやすい類型です。
なぜなら、詐害行為否認などだと、当事者の主観が問題になります。害することを知っていたかどうか、など主観的なものの立証は、あいまいです。その分、否認の裁判を起こしてもリスクが出てきます。
これに対し、無償行為否認では、当事者の主観を立証する必要はなく、客観的な行為や時期で結論が出るので、否認権のなかでも使いやすいものです。
逆にいえば、無償行為否認の請求を受けた場合に、これを争うのは大変だということになります。
破産会社の中には、経営が危なくなってから退職金支給をしていることも多いので、従業員もリスクを前提に動いておく必要があるでしょう。
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